2012年07月08日

まか通プロジェクト活動報告「6月イベント」2日目 その1

こんにちは。中村です。
今回は、6月イベント「信長が模倣したことおこし〜 時空を超えて甦る 雑賀衆」2日目、フィールドワークイベントの報告を行いたいと思います。
1日目のトークイベントに関しては、前回投稿した記事に書かれていますので、そちらをご覧下さい!




7月1日、日曜日の朝9時50分頃。天候はあいにくの雨。
集合場所の京阪七条駅・1番出口前では、片手に傘を携えたまか通メンバーたちが参加者を迎えてくれました。
集合場所にて
駅のホームにて。左端から、今回のフィールドワークのナビゲーターである京都造形芸術大学教授の関本徹生先生。まか通メンバーに同行する、同大学プロジェクトセンター職員の岡本斐さん。まか通の受付担当メンバーである小竹彩奈さんと松井美沙紀さん(2人とも美術工芸学科)。

今回のフィールドワークイベントでは、トークイベントをもとにまちを歩き、秀吉や家康、根来衆と京都市東山区との土地の関連性を見ていきます! 一体どんなまちの姿を見ることができるのでしょうか?

大和大路通りを北に向かいます
10時過ぎ、関本先生を先頭に、参加者とまか通メンバーの一部が駅を出発。降ったり止んだりの雨の中、傘をさしながら先生の誘導に従って歩いていきます。
(写真は七条通りから大和大路通に入り、北へ向かって歩いているところ)

ちなみに今回は以下のような順路で、東山区内の一部をフィールドワークしました。
京阪七条駅(集合場所)→豊国神社→方広寺→耳塚→豊国廟→新日吉神社
ナビゲート内容は、この中から私が印象に残ったものをピックアップし、ご報告させていただきます!

豊国神社
豊国神社。ここでは豊臣秀吉公が主祭神として祀られています。
すぐそばには方広寺という、かつては東大寺の大仏よりも大きな大仏があったとされるお寺があります。この方広寺は秀吉により建立されたお寺だそうです。私たちはこのお寺にある、大仏があった時代の名残であるという鐘を見に行きました。

国家安康、君臣豊楽、の銘文が刻まれている
この鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」という銘文について、関本先生から解説がなされます。この銘文、聞き覚えのある方もいるのではないでしょうか?
そう、この鐘は、「家康を呪う文字が刻まれている」と徳川家康が激怒したとされる、あの有名な「方広寺鐘銘事件」の鐘なのです!

有名なその鐘がここにあったとは、私もびっくりしました。京都に住んでいながらも、まだまだ知らない事がたくさんあります。

耳塚
豊国神社の前まで戻って、すぐ近くにある「耳塚」へ。なぜここが耳塚と呼ばれるのか?、秀吉による朝鮮出兵での話を関本先生が話されます。知っていた話ではありましたが、耳塚を目の前にして改めて聞くと、何とも言えない辛い気持ちになりますね。

お次ぎは豊国廟へ……その2に続きます!

(中村)


ラベル:まか通
posted by プロオペ at 20:58| Comment(0) | 中村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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