2012年06月13日

田の字地区活性化PJ「町家フィールドワーク」6月10日・B班

こんにちは。火曜日担当の並河です。
投稿が遅くなり申し訳ありません!

田の字地区活性化PJでは町家フィールドワークを活動的に行っているのですが、調べる対象の町家は、「元々ある町家を改装してお店にしたもの」が対象です。
なのでややこしいのですが「お店の為に作った町家」は対象外となります。

※次のミーティングで、今回のFWで撮った写真の町家が調べる対象かどうかを改めてみんなで確認し合う作業をします。

今回も全ての班で町家フィールドワークが行われました。
今回は寺町通〜堺町通を担当するB班さんのFWに同行させて頂いたので、その報告をさせて頂きます。

前回のFWでは町の縦のルートを調査したので、今回は横のルートを歩いていきました。

お店に改装されたと思われる町家は、飲食店、雑貨屋、時計屋、服屋などがありましたが、その中でも飲食店が特に多かったです。そして、歩いている中でこんなものも発見しました。

IMG_2707.JPGIMG_2706.JPG

上の写真は立体駐車場です。

この建物を見て私は「「町家パーク」という看板がまず目を引いて、そして町家と駐車場というギャップが面白い。そこから興味を持つ人もいるだろうな。それが利用してみようという気持ちにも繋がるんじゃないか」という、何とも単純な感想を持ちました。

このように、上記の駐車場だけでなく、町家をモチーフにしてお店にするという事は、何らかの意図、目的があっての事だと思います。
私は、例えば、お店の利益に繋がる面もあると思いました。

下の写真は今回のFW中に発見したものです。
IMG_2711.JPG

家に帰ってから調べてみました。

「平成の京町家」とは

伝統的な京町家は、住宅の外部と内部を緩やかにつなぐことで,四季の移ろいを暮らしに取り込み,風や太陽,緑といった自然の恵みを利用し,人やまちとの関係性を構築し,豊かな住文化を育んできました。
京都の気候,風土,文化に根ざした伝統的な京町家の知恵と現代的な技術を融合した京都型の省エネ住宅がこの「平成の京町家」です。

「環境モデル都市」に選定された京都市により2030年までに温室効果ガス排出量の40%削減という目標を達成するためのシンボルプロジェクトの一つとして,「木の文化を大切にするまち・京都」市民会議が設置されました。

この取組の目的は,森林に恵まれた京都が歴史的に培ってきた木造建築や景観などの「木の文化」を踏まえた低炭素景観の創造を目的として,適正に管理された森林から供給される木材等を,継続的に市内での建築活動などに使うことで,持続可能な木材の循環サイクルを構築することを目指しており,これを実現するための主要なプロジェクトの一つとして「平成の京町家」が検討・開発されたという事です。

木の文化を大切にする価値観の定着により、森林に対する市民の関心が高まったり、森林の再生が森林の効用を強化する効果もあるとの事です。

現在,京都市が「平成の京町家コンソーシアム」と連携して,「平成の京町家」を普及・促進させる施策を進めています。

住宅の概要は、伝統的な京町家の意匠や構造(伝統構法)を踏襲したもので,既存の京町家の建替えなどを想定した類型と現在普及している一般的な工法に伝統的な京町家の知恵を取り入れたもので,注文住宅や分譲住宅を想定した類型の2種類が有ります。(平成の京町家コンソーシアム、京都市情報館より引用)

また、興味のある方は詳しい内容がホームページに載っているのでご覧下さい。

京都市情報館 平成の京町家
http://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/soshiki/9-6-1-0-0_19.html
「平成の京町家コンソーシアム」ホームページ
http://www.h-kyomachiya.jp/

町家の良さが利用される事が、地球環境や地球に住む人々の為になる事はとても嬉しく素晴らしいと思ったので紹介させて頂きました。

私の個人的な意見を多い記事になってしまいました・・・。
最後までお読みいただき、有難う御座いました。



posted by プロオペ at 15:51| Comment(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

今熊野猿楽復活プロジェクト 取材報告

こんばんは。月曜日更新担当の中村です。
今週はまか通プロジェクトの活動報告はお休みし、代わりに新たに担当となりました「今熊野猿楽復活プロジェクト」の取材情報についてお伝えします!


今熊野猿楽復活プロジェクト」とは……
室町時代、京都市東山区にある「新熊野(いまくまの)神社(下の写真)の境内で演じられた猿楽の再現に向けて動いているプロジェクトです。
猿楽とは奈良時代に中国大陸から伝来した「散楽」を母胎としてつくり出されたもので、物真似や曲芸、手品などの娯楽芸として庶民に広まり、また宗教儀礼とも結びついていきました。

新熊野神社

1374年には観阿弥・世阿弥父子らが猿楽結崎座を率いて「今熊野勧進猿楽」を新熊野神社で行っており、その際見物していた室町幕府第三代将軍の義満によって父子が見出され、以後将軍の庇護を受けるようになりました。「観阿弥」「世阿弥」という名も義満が名乗らせたものだそうで、それ以前は観阿弥は「観世清次」世阿弥(1374年の時点で12歳)は「藤若丸」と名乗っていたそうです。二人は猿楽の芸術性を高めようと日々研究努力を重ね、世阿弥は父の志と芸風を受け継ぎ、能の形式「夢幻能」を大成させていったとされています。

今熊野猿楽復活プロジェクト」は、当時の猿楽がどのようなものだったのか、今一度見つめ直し、実際に猿楽を演舞披露します(来年秋を予定)。そして、猿楽の高い芸術性や、能楽を生み出しだ世阿弥の偉大さをいずれは地元で伝承していけるよう、演舞披露は以降も続けていくのだそうです。

その演舞披露に先駆けて、「今熊野猿楽」の演舞を描いた「今熊野猿楽復元図」(今年4月末に完成)、観阿弥・世阿弥父子と義満の機縁を描く「世阿弥 義満 機縁の地」(今回取材したもの)の石版レリーフが制作され、学生たちの手により彩色作業が行われました。
今回ご報告させていただく「世阿弥 義満 機縁の地」への彩色は、6月8日(金)から始まり、9日(土)、10日(日)と続けられ、本日11日(月)に仕上げをされ、完成となりました。私が取材したのは初日の8日と最終日の11日になります。

下地塗り作業 彩色と修正作業 1日目 夕方4時頃の進捗状況
初日の作業の様子。作業はすべて新熊野神社境内で行われました。
今回の彩色作業に関わったのは、全員で3人。左端の写真、画面左から高橋真那さん(美術工芸学科)、田中杏奈さん(情報デザイン学科)、近藤里香さん(美術工芸学科)です。京都造形芸術大学教授の関本徹生先生を通じ、新熊野神社からのレリーフ制作依頼を引き受けられました。

さすが芸大生!というべきか、皆さんとにかく作業スピードが早く驚きました。左端の写真は作業開始してすぐの午前10時過ぎなんですが、中央の写真・午後1時の時点では既に下地塗りが完了し、色塗りが進められています。右端の写真は午後4時頃で、ベースとなる色をほとんどのせ終わった状態です。あっという間に、石版レリーフの姿が変わっていきます。

完成予定図こちらがレリーフの原案となったイラストです。世阿弥と義満が出会い、能楽大成のキッカケとなった新熊野神社でのエピソードなどを元に、同じく京都造形芸術大学の学生である松岡岬さん(情報デザイン学科)が描かれたものです。
イラスト内左端から、観阿弥世阿弥義満となっています。ちなみに義満の服の色は、レリーフ上で実際に塗った際、まわりの石の色とかなり近くなって見にくくなるとのことで、赤色へと変更されました。
 
最終日 朝10時、開始時のレリーフ 最終日の作業状況です。この日は高橋さんと近藤さんの2名が作業に参加されていました。左の写真は、朝10時(作業開始時間)時点でのレリーフです。もうほぼ完成に近い状態ですね! 残る作業は能面周辺の白色をよりぼかして「幽玄さ」を出すこと(下の写真、左。高橋さんの作業)、彫られた文字に色を付けること(下の写真、右。近藤さんの作業)です。
現場に来ている関本先生とも話し合いながら、仕上げの作業が進められていきます。
 
 
ぼかし作業の仕上げ 文字への着色作業
ぼかしは水をたっぷりと使って薄めた白色の絵の具を筆で置きながら、キッチンペーパーでぽんぽんと広げます。また文字への彩色は、色のはみ出しは勿論、塗り忘れに注意しながらしっかり塗り進められていきます。


はみ出した色の修正作業 ぼかし部分の相談
左)絵の具がはみ出した部分はアセトンで落としたり、カッターナイフで絵の具を削り落とします。どうしても色が残るところもあるので、その部分はレリーフを彫っていただいた職人さんに頼み、削り落としてもらいます。
右)関本先生と高橋さん、「ぼかし」について話し合い中。絵の具の性質や石版への彩色ということもあってか、ぼかしの表現はとても難しいようです。


そして、お昼の12時……

世阿弥 義満 機縁の地 完成!!

彩色作業が終わり、ついに!完成しました!
皆さん、お疲れさまでした!

右の写真、画面右端にあるのが、今回の石版レリーフ「世阿弥 義満 機縁の地」。
中央にあるのは、世阿弥・能楽・新熊野神社の関わりが説明されている看板
左端にあるのは、今年の4月末に完成した「今熊野猿楽復元図」になります。こちらは、今回の作業に参加されていた田中さんが原案となるイラストを描かれています。
仕事を依頼された新熊野神社の宮司さんいわく、この3つで1組の作品となっているそうです。

石版レリーフの制作および彩色作業は、本日で無事終了となりました。しかし、今熊野猿楽復活プロジェクト」はまだ終わりではありません。
今熊野猿楽のビジュアルと、世阿弥らの機縁やこの地域との関わりを伝えるためのものが揃っただけで、むしろ本番はこれからです! 来年秋の演舞披露に向け、着々と準備が進められていきます。今後も取材させていただく機会があるようなので、その時はまた、こちらのブログやFacebookなどでご報告させていただきます!

ちなみに境内のレリーフは、神社へ行けば誰でも見ることができます。是非、足を運んでみて下さいね!

新熊野神社の大楠〜新熊野神社への行き方〜

京都駅から市バス208系統に乗り、「今熊野」で下車。バス停から南へ徒歩3分。大きな楠が目印です。
※バス停「今熊野」には208系統の他に、202系統、207系統が停まります。
※地図や神社に関するより詳しい情報をご覧になりたい方は、新熊野神社のホームページへ

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

中村
 
ラベル:今熊野猿楽
posted by プロオペ at 22:57| Comment(2) | 中村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

WORLD,藤井大丸ウインドーディスプレイ制作プロジェクト活動報告


こんばんは、土曜日ブログ更新担当のマツダです。

制作現場では、発泡スチロールの削りカスが毎日のようにまっております。
コイツのおかげで買って30分もしない3000yenのつなぎ(制作用の服)が
一瞬にして発泡スチロールまみれにされました。。。

しかも!この発泡スチロールはゼンゼン落ちません!

『空気を勢いよく発射する機械』で勢いよく空気を吹き付けて発泡スチロールをふきとばしていくのですが、、、
家に帰って見るなり、発泡スチロールがつなぎのセンイに付着しておりトレマセン。


DSC00908.JPG
上の写真が例の『空気を勢いよく発射する機械』です。


DSC00909.JPG
ピストルと同じ要領でノズル(上の写真)をプッシュして空気を吹き付けてイキマス!
結構たのしいですよ(笑)


しかし母云く、『掃除機で吸わなきゃダメよ!』だそうです。
たしかに発泡スチロールはふきとばした後も空気中にまっており、また付着します。
まるでホコリやチリと同じです、プラズマクラスターを100台ほど設置すればダイジョウブだと思いますよ!

では、活動報告に移らせていただきます!


『WORLD ウインドーディスプレイ夏の制作』

DSC00886.JPG

6/4(金)に制作始まりのオリエンテーションが行われました。
オリエンテーションと聞くと中学校や高校に入学したてのときに体育館で行った、
新たな友達をつくるためのカルいお遊びを思い出します。

しかし、今回はそんな生っちょろいものではございません!

DSC00764.JPG

上の写真では、ウインドーは『2つ』あります。

なのでウインドー左をA右をBとし、メンバー内で制作グループを
『チームA』と『チームB』に分けて制作していくッ!ということを決めました。
大学のオリエンテーションとはこういった感じで、高校とは一味違いますね。

このウインドーディスプレイでは妖怪がデザインに入っています。
なので実際に妖怪の立体物を制作してくことになりますが、

『全てを立体物として制作するッ!』というのは時間も人数もキビしい(1人6体が目安)
なので、『半』立体のモノも混ぜていきます!
半立体の制作方法は次回詳しくお伝えしていきます。

DSC00902.JPG

上の写真は背景の建物をダンボールで制作しています。

『寸法を測ったり、カッターナイフで切っていく』という藤井大丸の初期と同じような
作業を繰り返していきます。

これからどうなっていくのか楽しみです!


『WORLD ウインドーディスプレイ冬の制作』

誠にもうしわけないのですが...
『冬』の制作というわけで、プレゼンテーションはまだまだ先の話ということでした。
しばらく活動はないようなので、活動があるまでお休みさせていただきます。
その分残りの2つの記事を『濃厚』にしていこうと思いますのでよろしくお願いします!


『藤井大丸 ウインドーディスプレイ夏の制作』

DSC00869.JPG

上の写真を見てもおわかりいただけると思いますが、かなりいい感じに仕上りました。

しかしながら、当初の予定よりかなり制作物がふえ、納期に間に合わない可能性があり
先生方の判断で一部、造形のプロの方に一部頼まれました!(大人の事情デスネ)

学生の方達には『いろんな意味』でいい経験になったかと思われます。

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6/4(金)以降はWORLDさんと同じ場所で制作しますので上の写真のように内職をしていきます。
発泡スチロールがかかると迷惑ですからね。

120606_1809~0001.JPG

内職は背景に使用するモノを作ります、上の写真の物体はめくるとテープとなっており
その上に『ストロー』を貼っていきます。
なぜ『ストロー』なのかは出来上がってからのお楽しみです!


DSC00880.JPG

上の写真は人魚の周りに飾るオブジェクトです、貝殻を残った発泡スチロールで作っていきます。
巻貝のカタチのモノは僕がお手伝いさせていただきました!
作業にはカッターとヤスリを使いやっていきます。
結構立体物をつくるのはムズカしいですね。
ヤスリにはコツがあるので次回以降紹介していきたいと思います。

以上が報告となります。
皆さん最後まで読んでいただきありがとうございました。
次週もバリバリ取材していきますのでよろしくお願いします!

以上マツダでした。
posted by プロオペ at 20:09| Comment(2) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

粟田神社夜渡り神事プロジェクト 活動報告

こんにちは!
金曜日担当のおからです。

先週デザインチェックを終えた粟田です。
今週は各班クオリティの面や仕掛けなど、指摘された部分のデザインの修正をしました。
なので今回は前のミーティングからの細かい直しやクオリティ上げが主でした。
そしてごめんなさい。
皆さん熱を入れて頑張っているのでいっぱい写真を撮ってお伝えしたいのですが、
今週は各班のミーティングになかなか行けなくてA班の分しか写真がありません。
来週は頑張って全班回りたいです。

ということなので、今回は主に粟田神社夜渡り神事に使われるねぶたのモチーフについて説明していきたいと思います。

まずはA班が作る「観音様と歓喜天」です。
歓喜天はナンディケーシュバラや聖天とも呼ばれます。
そしてヒンドゥー教のガネーシャを起源に持ちます。
また暴神でもあったそうです。
美女に化けた観音様が歓喜天を抱きしめて説得をして歓喜天は仏法に信奉し、併せて仏教の護法神となったそうです。
男天・女天2体の立像が向き合って抱擁し合う表現を含むため歓喜天と観音様の像(双身歓喜天像)は秘仏とされて
一般には公開されてないのが普通です。(!)
また、像をよく見ると歓喜天の足を観音様が踏んでいます。
因みに歓喜天の好物は歓喜団・歓喜丸というお菓子や大根、酒などらしいです。

◆歓喜天…神様としては珍しいタイプですね…!

次にB班担当の「知恩院の抜け雀」です。
知恩院は法然が拓いた浄土宗の総本山の寺院です。
知恩院の七不思議というものがあり、
鶯張りの廊下・白木の棺・抜け雀・三方正面真向(まむき)の猫・大杓子・瓜生石・忘れ傘
この七つがあります。
そしてこの「抜け雀」
知恩院大方丈の菊の間の襖絵は狩野信政が描いたものです。これには万寿菊の上に数羽の雀が描かれていました。あまりにも上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去った
と言われています。
現存する襖絵には飛び去った後しか残っていません。

◆狩野信政の襖絵はとても綺麗なので一見の価値アリです。


次はC班担当の「出世恵美須」についてです。

粟田神社摂社の出世恵美須神社のご創建は不明ですが、もとは三条蹴上の夷谷に奉祀されていたそうです。
源義経公が牛若丸の幼少時に奥州下向の際、源家再興の祈願をされた恵美須神であり、その由縁により出世恵美須または門出恵美須と称されました。
500年以上前に蹴上の山崩れで土砂とともに流された時、止まった場所が三条神宮道付近であり、現在でも夷町(えびすまち)という町名が残っています。
明治の排仏毀釈神仏分離により明治4年に粟田神社の摂社としてご遷座され、家運隆昌・商売繁盛のエビス様として広く崇敬されています。
御神像は伝教大師最澄の自作と伝えられ、釣り上げた鯛を持ち、大きく口を開けてお笑いになり、他には類を見ない福々しい御姿をされています。
こうした古様のエビス像は大変珍しく、現存する最古級の寄木造りの恵美須像と云われています。
エビス神は七福神のうちの一柱で唯一の日本の神様です。


◆名前や、鯛をもってにこにこ笑っているイメージならある恵美須様ですが、
やはり知らないことだらけですね。
うーん、愛嬌のある親しみやすい神様ですね。


最後にD班担当「奇稲田姫(クシナダヒメ)」です。

この妃神は古事記では櫛名田比売(くしなだひめ)ですが、日本書紀では奇稲田姫(くしいなだひめ)と表記されています。
ヤマタノオロチ退治の説話で登場し、アシナヅチ・テナヅチの8人の娘の中で最後に残った娘です。
ヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたところを、スサノオにより櫛に変えられて、スサノオの髪に挿されます。
ヤマタノオロチを倒したその後、クシナダヒメは元の姿に戻してもらい、スサノオの妻となったそうです。
またクシナダヒメは色々な説があり、クシナダヒメが櫛に変身させられ、櫛の字を宛てるところからクシナダヒメは櫛を挿した巫女であると解釈し、
ヤマタノオロチを川の神として、元々は川の神に仕える巫女であったとする説があります。
もう一つは、父母がそれぞれ「手足を撫でる」という意味を持つことから「撫でるように大事に育てられた姫」との解釈もあり、倭撫子の語源ともされます。
稲田の神として信仰されているそうです。
妃神なので多くの神社では、夫のスサノオや子、子孫の大国主などとともに祀られています。

◆綺麗な雰囲気の漂う、素敵な神様ですね〜。

ぱっと名前だけを聞いたら余りわからないものもあると思いますが、こうやって詳細を読んでいくと
意外と聞いたことのある名前が出てきたりして面白いですよね^^
私はこういった話をあまり知らなかったので勉強になりました。
これを機に他の話も調べてみたいです。


では、来週は17日に粟田神社でプレゼン本番です!!
きっちりねぶたのサイズを決めて模型も作っていきますよー!
プレゼン後は懇親会もあるそうなので予定を空けられる人は空けてておきましょう。
私も参加させてもらいます〜。
新たに担当に入ってくださったプロジェクトセンター職員の奥田さんとも初の顔合わせです。
楽しみです!

awara003-1.jpg
6月8日金曜日、@cafeにて。A班のガッキー(檜垣くん)がばりばり頑張って描き込みを入れています。

A班は月曜日にデザインチェックをするようです。歓喜天と観音様の服も細かい模様が入り、高貴さが出ていました。案が通るといいですね!

B班、D班は見事デザイン案が通りました!D班は仕掛けがうまくいったようですね。B班も先週指摘された「鯛がくじらにみえる」という可愛らしさを重視してしまった結果の失点を改善できたようです。
二班共案が通って本当に良かったです!

C班は知恩院の方に了承をもらえるとデザイン案が通ったことになります。了承が貰えるかドキドキですね…!


今回はこのあたりで。

頼りないですが、なるべく私の体がもつ限り(笑)粟田に携わらせてもらいたいのでよろしくお願いします!


おから
ラベル:粟田
posted by プロオペ at 23:58| Comment(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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